マレーシア・ペナン島日記

マレーシアのペナン島での生活を通して見たこと、感じたことを発信します

プラナカン・マンション

2月12日(月)は旧正月祝日の振り替え休日である。 ペナンに住む友人のオングさんのお宅にまねかれた。 お昼を食べた後、ジョージタウンを散策したいというと、プラナカン・マンションを見てはどうかと言われ、そこまで車で送ってくれた。

プラナカン

プラナカンは中国出身でマレーシアなどに住みつき、その土地に同化していった人々のことだ。 それらの人々はマラッカで商売をしていたが、のちにペナンやシンガポールにも移っていった。 ペナン、マラッカ、シンガポールはイギリスの「海峡植民地」だから、イギリス、中国、マレーシアの商業的取引においてプラナカンが活躍したのではないだろうか。 一般に彼らは、商売で成功した富裕層である。 マレーシアのプラナカンはマレー語をネイティブ同様に話し、男性はババ、女性はニョニャと呼ばれた。

ペナン・プラナカン・マンション

ペナン・プラナカン・マンションは、もと鄭景貴という中国出身の実力者の邸宅兼事務所であったという。 現在では博物館として一般公開されている。 グリーンの特徴的な建物の中は、華やかな装飾と家具、服、調度品が見事だ。

プラナカン・マンションの外観

建物は特徴的な薄いグリーンだ。 写真中央に入り口がある。 入ると受付があり、25リンギット払うと、その証明となるシールを服に貼ってくれる。

入場シール

Pinangというのはマレー語でペナンのこと。 Peranakanもマレー語でプラナカンと発音する。 eの音をエではなくウような曖昧母音で発音するのがマレー語の特徴だ。

入ってすぐ右手に大きなダイニング・テーブルがある。

ダイニングテーブル

ここは撮影スポットのひとつで、とくに女性に人気だ。 確認はしていないが、ここではプラナカンの女性(ニョニャという)の髪型に結って服を貸し出してくれるサービスがあるのではないかと思う。 私はプラナカンスタイルの女性を何人も見た。 その人たちの目的はこのような美しい調度品をバックに写真を撮ることである。

別の部屋に見事な調度品がある。

見事な調度品

これらの家具を見ると、プラナカンの文化は中国だけでなく西洋、とくにイギリスの影響を受けていることがわかる。

次の写真はキッチンだ。

キッチン

中央にかまどがある。 それにしてもキッチンまでこれほど飾られているとは。 これではせっかくの調度品が煤で汚れてしまうのではないかと思うが・・・

別の部屋には、ニョニャが纏った衣装が飾られている。

ニョニャの衣装

細かく美しい模様がある豪華な衣装である。 また、履物のディスプレイもあった。

ニョニャの履物

ちょっと疑問に思ったのが、右にあるミュールの柄はコミック調(ちょっとディズニー似、ミッキーマウスではないが)なので、古い時代のものなのだろうか、ということだ。 この建物が博物館として改装されたのが1990年以降なので、あるいは比較的新しいものも入れたのかもしれない(あくまで個人の想像)。

グランド・ピアノ

これは時代を感じさせるグランド・ピアノである。 当時は相当高価なものだったのではないだろうか。

中庭

ここは小さな中庭になっている部分で吹き抜けになっている。 美しい絵があり、これも撮影スポットのひとつになっている。

肖像画

これは、鄭景貴の妻の肖像画だそうだ。 彼には3人の妻がいたそうで、これはそのうちのひとりである(ネットからの情報)。 この絵を見ると、ニョニャは中国風デザインの服を着ていたのだと思う。

余談だが、マレーシアのイスラム教徒の男性は最大4人まで妻を娶ることができるそうだ。 ただし、そのためにはそうとうな財産がないと妻を満足させることはできないだろうと思う。

ベッド

最後は寝室の写真。 飾られた衣装も見事だ。

プチ情報

プラナカンはもともとマレーシアのマラッカから始まったので、マラッカにもプラナカンの博物館があるそうだ。 ただ、そちらは撮影禁止らしく、写真を撮りたい人はペナンのプラナカン・マンションに来てください。