マレーシア・ペナン島日記

マレーシアのペナン島での生活を通して見たこと、感じたことを発信します

続編を書きます

マレーシアに再び

2026年11月10日から11ヶ月、JICAボランティアとして、再びペナンに行くことになりました。 配属先は以前と同じ、東南アジア教育大臣機構 理数教育センター(SEAMEO RECSAM)です。

ブログを再開します(note上で)

そこで、当ブログの続編を開始することにしました。 今回は「はてなブログ」ではなく「note」に書くことにしました。 noteは、「はてな」のようにユーザーが複数のブログを作ることができませんが、その代替機能として「マガジン」というものがあります。 「マガジン」は「はてな」のカテゴリーのようなものです。 noteに続『マレーシア・ペナン島日記』というマガジンを作りましたので、そちらをご覧ください。

noteでまたお会いしましょう

この「マレーシア・ペナン島日記」は、たくさんの方にご覧いただきました。 本当にありがとうございます。 今後はnoteの続『マレーシア・ペナン島日記』でお会いできることを楽しみにしています。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

読者の皆様へのお礼

2025年10月末、日本に本帰国した。

帰国直前は荷造りや手続き、送別会などが重なり、帰国後も日本の生活基盤を整えるのに忙しかった。 ブログの更新がすっかり滞ってしまったことを、ここにお詫びしたい。

今回の帰国は、ボランティアとしての活動任期が終了したことによるものだ。 それに伴い、2年間にわたるペナンの生活も幕を閉じた。 「ペナンの生活で見たこと感じたことを皆さんと共有する」ために書き続けてきたこのブログも、今回の記事をもって更新を終了させていただきたい。

最後に、ペナンで暮らして良かったことのベスト3を挙げてみたいと思う。 もちろん、これは私個人の独断と偏見によるランキングである。

第一位:治安の良さと人の優しさ

第一位は、何と言っても治安の良さと、現地の人々の温かさだ。

治安の良さは日本に近いと思う。 夜間に一人で出歩いても危険を感じることはほとんどなかった。 この安心感こそが、ペナン生活を快適なものにしてくれた最大の要因だと思う。 もちろん、どの国でも犯罪がゼロということはないから、常に安全のための心の準備が必要であることは間違いない。

ペナンの人は優しく、率直だ。 例えば、バスに高齢者が乗ってくれば、若者はすぐに席を譲る。 重い荷物を持っている人がいれば、自然と誰かが手を貸す。 シャイな部分がある日本人は、なかなかそういう行動がとれない。 もちろん、同じ優しさを日本人も持っているし、気配りという点では日本人の右に出る人はいないだろう。 しかし、そのような自然な優しさの発露がペナンでは日常的な光景として存在していた。

優しかった同僚たちーI Love RECSAM の前で

第二位:世界遺産の街並み

第二位は、世界遺産であるジョージタウンの歴史的街並みだ。 イギリス植民地時代のコロニアル建築と、ショップハウスと呼ばれる中華系のテラスハウス(日本でいえば長屋)が混在する景観は、歩いているだけで飽きない。

路地裏を散策して、素敵なストリートアートに出会うこともあった。 修復され綺麗になった建物も良いが、少し塗装が剥げ、植物が絡みついたような古い建物にも味がある。 新旧が入り混じり、多様な文化がモザイクのように組み合わさっている様子は、ペナンという土地の歴史そのものを表しているようだ。 あの独特の空気感は日本の伝統的な街並みとは全く異なるものだった。

「カピタン・クリング・モスク」ー莊嘉強

この絵は、ペナンの画家、莊嘉強(Ch’ng Kiah Kiean)氏のカピタン・クリング・モスクを描いた絵だ。 カピタン・クリング・モスクはペナンで最も古いイスラム教寺院である。

第三位:バリエーション豊かな食文化

第三位は、やはり食事だ。 ペナンは「食の都」と呼ばれるだけあり、マレー料理、中華料理、インド料理、そしてそれらが融合したニョニャ料理と、選択肢が尽きない。

ニョニャ料理のデザート、ブブチャチャ

ホーカー(屋台街)に行けば、400円前後で満足のいく食事ができる。 衛生面を気にする人もいるかもしれないが、慣れてしまえばこれほど合理的なシステムはない。 今日はワンタンミー、明日はナシレマ、明後日はロティチャナイ。 毎日違うものを食べても、食べきれないほどの種類がある。 実際、この2年間で食べていない料理がたくさんあるのだ。

読者の皆様へ

ペナンでの生活は終わったが、ここで得た経験は貴重な財産となったと同時に、美しい思い出としていつまでも心に残ると思う。

これまで、私の拙い文章にお付き合いいただいた読者の皆様には、心から感謝を申し上げたい。 時にコメントをいただいたりしたことが、更新を続ける励みにもなった。 もし、このブログが読者の皆様の何らかのお役にたったとすれば、それは自分にとっても幸いである。

長い間、ありがとうございました。

クアラルンプールの夜景

ペナンを後にし、いまはクアラルンプールのホテルに滞在している。 ペナンとは違い、この大都会は街全体がきらびやかだ。

大都会クアラルンプール

クアラルンプールはマレーシアの首都であり、日本でいえば東京のような存在である。 鉄道や道路が整備されており、高層ビルが立ち並ぶ。 人口は都市圏を含め約900万人にのぼる。 ペナンと比べ、物価も高いが、賃金水準も高いのだそうだ。

ホテルから見下ろす光の流れ

夜になり、ホテルの窓から外を眺めると、道路を埋め尽くす車のライトが絶え間なく動いている。 赤と白の光がゆるやかに流れ、まるで流体力学の実験を見ているようである。

ホテルから見た公園と道路

ときどき交差点で信号が変わると、光の流れが一瞬止まり、そしてまた勢いよく動き出す。 ずっと眺めていても飽きない。

幹線道路と交差点

デザインに凝ったビル群

クアラルンプールのビルはどれも個性的である。 単なる直方体ではなく、曲線や斜めの面を巧みに使ったデザインが多い。 ガラスの窓が光って、まるで都市そのものが巨大なイルミネーションの一部のように輝いている。 ペナンの歴史的建築とは対照的に、こちらは未来を感じさせる風景だ。

ホテル前の特徴的なデザインのビル

ツインタワーの夜

あの有名なペトロナス・ツインタワーが鮮やかな色に染まっていた。 ホテルの窓からも美しいタワーが見えたが、残念ながら角度が悪く、2つのタワーが重なって見えてしまう。 おそらく、タワーの前にある公園から見れば、さらに美しい姿が見られただろう。

美しく光るツインタワー

ペナン最後の日

最終報告会の日

10月24日、配属先の「東南アジア教育大臣機構、理数教育センター(SEAMEO RECSAM)」で、私のボランティア活動の最終報告会が開かれた。 このところ出張が続いていたセンターダイレクターも時間を割いて出席してくださり、ご挨拶をしてくださった。

報告会の会場となった会議室

私も、この日はマレーシアのフォーマルウェアのバティックを着た。 日本ならば、スーツというところだが、相手国に敬意を表してのことだ。

バティックを着て報告

プレゼンテーションの内容

報告会では、パワーポイントのスライドを用いて、3つの内容で報告した。

  • 2年間の活動内容
  • 活動から得た知見とマレーシアの数学教育の発展に向けた提案
  • 配属先への感謝

写真やデータを交えながら話したことで、活動の全体像がより具体的に伝わったように思う。

パワーポイントのタイトルスライド

記念の品

報告会の最後に、配属先から記念の品をいただいた。 メインは記念の盾で、「With Best Compliments(心からの賛辞を添えて)」と書かれている。 この2年間の日々を思い出し、胸がいっぱいになった。

記念の盾

ペナンでの2年間

ペナンは本当に住みやすい場所である。 気候は穏やかで、食べ物も多様で美味しく、ジョージタウンの世界遺産など見所も多い。 しかし、何よりも配属先の人々の温かさが心地よい日々を作り出してくれたと思う。 彼らのサポートがあったからこそ、この土地で安心して過ごすことができたのだ。 感謝の気持ちは、とても言葉では表せない。

さようなら、ペナン

報告会を終え、その日の午後、私はクアラルンプールへ向けて移動した。 この日がペナン最後の日だった。 さようなら、ペナン。またいつかここに戻ってくるよ。 ありがとう。

Bodhi Heart Sanctuaryでのお祈り

サンクチュアリーを再訪して

去年の旧正月に訪れた、「Bodhi Heart Sanctuary」を再び訪ねた。 前回はお祈り以外に、1時間の瞑想を2回行ったが、今回はお祈りのみだった。 前回のブログ記事は以下のリンクから。

建物の中に入ると、正面にお坊さんが並び、お経を唱えていた。 参加者は床に座り、合掌してお祈りをする。 今回のお祈りでは、日本帰国の安全を祈願した。 参加者はそれぞれにいろいろなお願いをしていたのだろう。

大広間でのお祈り

多国籍な信仰の場

このサンクチュアリーは、ペナンの華人が中心となって維持していると聞いた。 しかし、実際にはミャンマーやタイなど、さまざまな国の仏教徒が集まっている。 今回の僧侶はタイの人だそうだ。 また、特にミャンマー出身の信者を多く見かけた。 言葉は違っても、祈りの形は共通しており、互いに自然に同じ空間を共有しているのが印象的だ。

瞑想と修行の場

サンクチュアリーには、瞑想のための小さな建物がある。

瞑想のための建物

私が見たのは一般の参加者向けの部屋である。 これ以外に、山の裏手には僧侶のための小さな家もあり、そこでは修行が行われている。 自然に囲まれた環境は、確かに心を静めるには理想的なのだろう。

バリの仏像

庭内には仏像が多数あるのだが、この写真の小さな仏像はインドネシアのバリのスタイルの仏像だという。

バリの仏像

私には区別ができないが、タイ、ミャンマー、中国、インドネシアなど、それぞれの国の仏像はデザインが違う。 バリでは、仏教とヒンドゥー教がミックスしたような信仰になってるらしい。

無料の食堂とカフェ

入り口近くには食堂があり、無料で食事をいただくことができる。 料理はミャンマー料理だった。 これは昨年瞑想に来た時もそうだった。

食堂の料理(ミャンマー料理)

運営費はすべて寄付によってまかなわれている。 政府の補助金などは受け取らないという。 宗教法人の独立性が脅かされるからだろう。 あらためて考えると、マレーシアには「国の宗教はイスラム教」という規定がある。 仏教の団体がイスラム教の政府から補助金を受け取ることは、宗教的にもできないことかもしれない。

食堂の近くにはカフェがあり、その裏手には足湯のような浅いプールがある。 ただしお湯ではなく、水である。 何人かの人たちがそこで足を冷やしながら談笑していた。

足湯ならぬ足水

慈善活動の一面

このサンクチュアリーは、単なる宗教施設だけではない。 孤児や生活に困っている人々のための支援施設も併設されている。 祈りの場でありながら、同時に社会的な助け合いの場でもあるのだ。 私も今回、わずかながら寄付をさせてもらった。 社会的弱者の救済に少しでも役に立てばありがたいと思う。

はじめてプトラジャヤに行った

プトラジャヤとは

プトラジャヤは、マレーシアの行政都市で、クアラルンプールの南約25キロに位置し、政府機関の多くがここに集約されている。 日本でいえば、霞が関の官庁街にあたるが、そのデザインは全然違う。 計画的に建設された都市で、全体が整然としており、湖や緑地が多い。

首相府とピンクモスク

今回はボランティア活動の関係でプトラジャヤを訪れたが、予定時間より早く到着したので、首相府(Perdana Putra)とピンクモスク(Masjid Putra)とを背景に記念撮影をすることにした。

首相府

首相府は緑色のドーム屋根が特徴的な建物で、政府の中枢機能が集まる建物である。 手前の広場には「プトラジャヤ(PUTRAJAYA)」の文字があり、人気の撮影スポットとなっている。 ちなみに、私が来ている服はバティックといい、マレーシアではフォーマルな服装である。

ピンクモスク

ピンクモスクは、正式にはマスジッド・プトラ(マレー語、英語ではプトラ・モスク)と呼ばれる。 ピンク色の花崗岩を使用して建てられており、湖に面した姿が印象的だ。

経済省の訪問

今回の目的は2つあり、ひとつは経済省への表敬訪問、もうひとつはビザの更新だった。 経済省の中には、国際協力を担当する部門(International Cooperation Division)があり、日本のJICAボランティアの受け入れに関する部局になっている。

経済省の受付にて

今回は、ダイレクター(部局の責任者)の方も出席され、ボランティア活動について関心を持って聞いてくださった。 マレーシア政府は、STEM教育を推進しているが、その基礎となる数学教育については高い問題意識を持っているようだった。

イミグレーションでの手続き

翌日は、イミグレーションオフィスで査証(ビザ)の更新手続きを行った。 今回は滞在期間の残りが少なかったため、特別なビザが発給された。 このビザは「帰国準備のための一時滞在のための」ビザで、スペシャルビザと呼ばれている。

建物内部は写真撮影が禁止されていたので、外観と入り口のみ撮影した。

イミグレーションの建物

イミグレーション入り口

入り口上部にあるイミグレーションのロゴ

おわりに

プトラジャヤには初めて行ったが、人工的に作られた都市という印象だった。 建築の美しさと行政の機能性が両立している場所だというのは、面白いと感じた。 クアラルンプールを旅行するときには、プトラジャヤを旅程に入れると良いと思う。

今日はディーパバリ、そしてコラムの描き方

今日はディーパバリの祝日だ。 昨晩、花火が鳴り響いていたのは、そのせいだったのだろう。 この祝日は、国全体というわけではなく、州によって異なる。 例えば、ペナン州では祝日だが、ボルネオ島のサラワク州ではそうではない。

ディーパバリとは

ディーパバリ(Deepavali)は、ヒンドゥー教の「光の祭り」として知られている。 善が悪に勝利することを祝う祭りであり、暗闇を光で追い払う象徴とされる。 人々は家を掃除し、新しい服を着て、家の入り口や窓辺にオイルランプを灯す。 家庭では甘いお菓子が作られ、親戚や友人と交換する。

ペナンには多くのインド出身のマレーシア人が住んでいる。 大部分は南インドの出身で、タミール語を話し、ヒンドゥー教徒が多い。 彼らにとっては1年の最も大きなお祝いの日なのである。

ディーパバリの2週間くらい前から、ショッピングモールに写真のようなデコレーションが飾られるようになる。

コムターのデコレーション

先日クアラルンプールに行ったときにはオフィスビルにデコレーションがあった。

オフィスビルのデコレーション

この飾りには「ディーワリー」と書かれているが、「ディーパバリー」と同じものだ。 インドでは、地方によって呼び方が異なるのだが、同じお祭りである。

コラムとは

コラム(Kolam)は、このディーパバリの時期に欠かせない装飾である。 家の玄関や寺院の前に描かれる幾何学模様で、米粉やカラーパウダーを使って地面に描く。 南インドの伝統に由来し、神を歓迎し、悪いものを寄せつけないという意味がある。 もともとは米粉を使い、アリや鳥の食べ物となるようにとの配慮もあった。

最近ではショッピングモールの床や、道路にもコラムが描かれるようになった。 さきほどの写真の中にもコラムが描かれている。 円形の模様がそれである。

コラムの描き方

実際のコラムは、まず白い粉で点を並べ、その点を線でつないで模様を作る。 慣れた人は迷いなく手を動かし、あっという間に美しい形を描き出すそうだ。 色粉を加えると、花びらのような彩りになる。

配属先の集会でコラムの描き方のビデオを視聴した。 それをスマホで撮ったものを、所有者の許可を得てYouTubeにアップしたので、ごらんいただきたい。

多民族国家

光の祭りディーパバリは、ヒンドゥー教のお祭りであるが、ペナンでは他の宗教の人もヒンドゥー教の人にお祝いをいう。 「Happy Deepavali」はテキストメッセージでも良く目にする。 自分がムスリムであろうと、仏教徒であろうと、ヒンドゥーの人にお祝いを言い、リスペクトするのは、多民族他宗教のマレーシアの特徴だと思う。 コラムの模様のように、人と人のつながりが重なり合い、そこに温かな色が広がっていくように思える。