今までどうしてブログで取り上げなかったのだろう。
そう思ったのは、ペナンの名所であるシティーホールだ。
シティーホールは今も現役の市庁舎
海に近いエスプラネードに位置する現役の市庁舎である。

もっとも、行政機能の多くはコムターに移っていて、今では象徴的・儀式的な役割や一部の部門が残っているだけになっている。 シティーホールが建てられたのは1903年で、エドワーディアン・バロックとパラディアン様式を融合した建築物である。 白亜の外観は日中の陽光に映えるが、夜はライトアップされて別の趣を醸し出している。

隣にあるタウンホールも見どころ
シティーホールが建てられたのは、その隣に今もあるタウンホールが手狭になったためだという。 タウンホールは1879年に着工し、1880年頃に完成したとされる。 こちらもメンテナンスがしっかりしていて、クリーム色の美しい建物である。


コロニアル建築とは何か
このようなイギリス植民地時代の建物は、一般にコロニアル様式と呼ばれている。 特徴としては、(1)英国様式の建築技法や意匠を基礎とし、(2)ペナンの気候や建材などに適応した設計がなされ、(3)植民地支配という歴史的文脈において建てられたという点が挙げられる。 ペナンにあるハイコート(日本語では高等裁判所と訳されるが、日本の高裁とは制度的に異なる)も、典型的なコロニアル建築のひとつである。

ビーチストリートの建物やE&Oホテルも歴史を語る建物
この他にも、ビーチストリート沿いのペナン州イスラム宗教事務局(Jabatan Hal Ehwal Agama Islam Pulau Pinang)や、シティーホールの西側に建つイースタン・アンド・オリエンタル・ホテル(E&O Hotel)も、同じくコロニアル建築である。 いずれも白を基調とした外観で、かつての商業的・行政的な中心的建物だった。

かつての支配と居住のかたち
これらの建物が集まる一帯は、かつての植民地時代における行政や商業(特に貿易)の中心地だった。 そして、その外側に中国人やインド人といった労働者階級の人々の居住区が広がっていた。 今もなお、これらの建物が建つエリアには、歴史的構造が世界遺産地区の空間に刻まれているように見える。 ペナンを歩くときは、建物の美しさだけでなく、そこに込められた歴史にも目を向けたい。
